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囲碁日記

内岡泰明のぼやき

2016年09月13日

前回、囲碁普及の話をして思い出したことがあります。
私の祖父は囲碁のルールを知らなかった人でした。しかし棋士を芸を究めた人として大変尊敬していました。
私がこどものころ指導碁をうけたとき、幼な心にこんなに払うのかと思った額を払っていましたし、色紙を揮毫してもらっても謝礼を包んでいました。もちろん食事代は祖父が払っていました。
そんな時間を一緒に過ごしていて、棋士はえらい人なんだなと痛感したことをよく覚えています。
少し前(といっても20年以上は前でしょうか)、囲碁棋士はこんな待遇を受けていました。だからこそいまのような世の中になって、棋士は時代に合わなくなっているとも言えそうです。実際はバブル経済が崩壊したころから、大口の旦那衆が少なくなったように感じます。
いま囲碁界は若者に教えようという動きが活発です。教わる側に悪気はないのですが、若者は囲碁の棋士に友達感覚を求めることを忘れてはいけません。
するとどうなるか。
教授料もシビアに査定、懇親会だって割り勘。つまり、最初は囲碁を教えてくれる人としか見られないのです。囲碁を知らない人にとって、棋士を決して芸を究めた達人として尊敬しろということこそ難しい話です。
いま若い人が敬意を払う人はどんな人なのでしょうか。
ネット時代に逆行しているようですが、テレビで活躍している人に視線が集中しているように思います。
スポーツ選手も、テレビで繰り返し報道される選手だけが著名になり、にわかファンの注目を集めています。ラグビーの五郎丸選手はその好例でしょう。多くの人が、他のラグビー選手に詳しくはありません。
しかし実際はメディアに取り上げられていない人にこそ、素敵な人がいます。囲碁界にはそんな人が多いのではというひそかな思いがあります。
囲碁ファンの楽しみ方が芳醇なのは、誰かから強制されているわけではなく、自分が楽しいからやっているところにあります。そして自分が素晴らしいと感じた人を応援する。主体的な活動だからこそ、楽しさがあるのでしょう。
昔と今とでは、棋士の置かれている状況は違います。昔の方がよかったというのは簡単です。しかし時代は逆走しません。若者の心をつかみ、囲碁を優先順位の上位に置いてもらうようなファンを増やすしか、囲碁界が盛り上がる方法はありません。業界とファンがいい関係になることこそが大切だと考えます。

 

記:内岡泰明(うちおか・やすあき)
級位者ながら囲碁界のニュースをウォッチングするのが趣味。囲碁イベントにもよく顔を出しています。仕事が早く終わった日に、家で野狐囲碁を楽しんでいる。

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